ヒーローズ (格闘技)、J.Z.カルバン

ヒーローズ (格闘技)、J.Z.カルバン。

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ヒーローズ (格闘技)、J.Z.カルバン

J.Z.(ジェイズィー)カルヴァン(J.Z.CALVAN、1983年7月6日 - )ヒーローズ (格闘技)はブラジル出身の総合格闘技家。本名はジェシアス・カバウカンチ(Gesias Cavalcanti Souza)で、アメリカでのニックネームは「JZ (CAV)」。身長173cm、体重70kg。アメリカン・トップチーム所属。修斗アメリカズ・ウェルター級1位。

J.Z.カルバンヒーローズ (格闘技)の筋骨隆々の肉体から、豪快なパウンドを繰り出すパワーファイター。近年は打撃技術の向上により打撃主体の選手と思われがちだが、もともとはルタ・リーブリ出身の選手であり、グラウンドの技術も高く、とくにギロチンチョークは彼の主武器のひとつでもある。

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ヒーローズ (格闘技)、J.Z.カルバン

また、J.Z.カルバンヒーローズ (格闘技)は左腕の上腕部に「家族愛」というタトゥーをいれている事でも有名である。
J.Z.カルバンヒーローズ (格闘技)はK-1のドラゴとは練習仲間であり、良き友人でもある


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総合格闘技 プライド、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ

総合格闘技 プライドアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ(Antonio Rodrigo Nogueira 、1976年6月2日 - )は、プロ総合格闘技選手。ブラジル・バイーア出身。身長191p、体重104s。バックグランドはブラジリアン柔術。ブラジリアン・トップチーム所属。

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総合格闘技 プライド、ノゲイラ。

ニックネームは「ミノタウロ」。かつては「リオの沈まぬ太陽」とも呼ばれた。

2000年、『RINGS KOK 1999』において初来日。同大会ベスト4。翌年の『RINGS KOK 2000』優勝。その後、総合格闘技 プライドに移籍。『総合格闘技 プライド17』において、ヒース・ヒーリングを破り、初代総合格闘技 プライドヘビー級王者に輝く。『総合格闘技 プライド25』でエメリヤーエンコ・ヒョードルに判定で破れ、王座陥落。その後2度対戦するが、いずれもリベンジに失敗している。

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その見事な寝技から「柔術マジシャン」と称され、VTでの柔術のスキルは世界最高峰。VT全試合を通して、驚異的な一本勝ち率を誇り、アグレッシブに一本を取りにいく姿勢は、ファンから絶大な支持を得ている。

背中に大きな傷跡があるが、これは10歳の頃、トラック事故に巻き込まれた際に負った傷の名残である。
双子の弟であるアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラもPRIDEで活躍中。




プライド (格闘技)、アイヴァン・メンジバー。

プライド (格闘技)、アイヴァン・メンジバー。

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プライド (格闘技)、アイヴァン・メンジバー

アイヴァン・メンジバー(Ivan Menjivar、1982年5月30日)(ヒーローズ (格闘技))は、エルサルバドル共和国出身の総合格闘家。国籍はカナダ、ケベック州モントリオール在住。身長168cm、体重70kg。トリスター・ジム所属。

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プライド (格闘技)、アイヴァン・メンジバー

メンジバー(ヒーローズ (格闘技))は総合格闘技家としては小柄なその体躯からは想像できないほどの強靭なバネを持ち、リング上を縦横無尽に動き回り、ジャーマン・スープレックスやパワーボムなどの豪快な投げ技を繰り出す。

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プライド (格闘技)、アイヴァン・メンジバー

勝利したときなどにバック転から合掌のポーズをとるなど、独特のパフォーマンスも特徴である。日本ではHERO'S(ヒーローズ (格闘技))で活躍中、メンジバー(ヒーローズ (格闘技))のニックネームは「爆弾投げ技小僧」。


ムエタイ、レスリング、柔術をバックボーンに、18歳でプロデビュー。立ち技のボクシングやプロレスの経験もあり、まだ若い選手であるが様々な大会、興行で闘っている。他にUFCやパンクラス等でも活躍したことがある。

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プライド (格闘技)、アイヴァン・メンジバー

メンジバー(ヒーローズ (格闘技))は普段は靴工場で働きながら、ファイターとしての活動をしている。また試合中は裸眼だが、普段は眼鏡を着用していて、その物腰はとても紳士的である。
投げ技の中では特にジャーマン・スープレックスを得意技とし、パンクラスで志田幹と対戦した際に披露した事が有名。


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総合格闘技 プライド、チャ−ルズ・“クレイジー・ホース”・ベネット!

総合格闘技 プライド
チャ−ルズ・“クレイジー・ホース”・ベネット。
所属  フリー 。生年月日  1979年11月23日 。出身地  フロリダ州
。身長  170 cm 。体重  70.8 kg 。
ニックネーム  フロリダの暴れ馬 。

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総合格闘技 プライド
チャ−ルズ・“クレイジー・ホース”・ベネット。

総合の大会、エクストリームやキング・オブ・ザ・ケイジを主戦場に活躍する軽量級ファイター。荒々しい打撃と、アグレッシブなファイトスタイルから“クレイジー・ホース”の異名を持つ。

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軽量級ながら、破壊力抜群のパンチを武器にその勝利のほとんどをKOで奪い取っている。武士道初参戦となった『総合格闘技 ヒーローズ 武士道 -其の伍-』では五味隆典に一本負けを喫するが、『総合格闘技 ヒーローズ武士道 -其の七-』では前田吉朗に完勝。

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総合格闘技 ヒーローズライト級GPではリザーブマッチで三島☆ド根性ノ助と対戦するが、寝技の展開に持ち込まれ惜敗・しかし、常にKOを狙うアグレッシブさと、天衣無縫なファイトスタイルは、日本のファンの高い支持を得ている。


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総合格闘技 プライド、肉弾魔人ズール!

ズルジーニョ(Zuluzinho)はブラジル出身の総合格闘家。一般的には「ズール」と呼ばれている。

2メートルの肥満体から繰り出される怪力で、ブラジル格闘界では敵無しであった。

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だが総合格闘技 プライドで行われた総合格闘技家、エメリヤーエンコ・ヒョードルとの一戦では、ヒョードルの猛攻の前に何もさせてもらえずに一瞬で敗れ去った。



2006年5月の総合格闘技 プライド、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ戦でもあっさり一本を取られてしまった。

ズール家はもともとブラジル国内では有名な格闘一家であったと言われている。ところが、ズルジーニョの父親がヒクソン・グレイシーに敗れたことにより、ズール家は没落した。ズール父は修斗のリングでエンセン井上と闘った事もある。(結果はKO負け)貧困に喘ぐ現在の状況を打開する為にズルジーニョは闘っている。(ファイトマネーは全額家に仕送りしていると言う)


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ヒーローズ 総合格闘技、秋山 成勲

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秋山 成勲(あきやま よしひろ、秋成勲、チュ・ソンフン、추성훈、1975年7月29日 - )は元柔道家の韓国系日本人総合格闘技家。大阪市生野区に在日韓国人として生まれた。父親の影響で、三歳より柔道をはじめる。

清風高校から近畿大学へ入学し、卒業後、韓国へと渡った。2001年9月、日本へ帰国、日本国籍を取得した。平成管財へ入社し、柔道81kg級の第一人者として頭角を現した。2004年7月からフリーのプロ格闘技家として活動している。身長177cm、体重81kg。柔道三段。

ニックネームは、「反骨の柔道王」

日本に帰化し、釜山アジア大会に出場・優勝した際、韓国のマスコミに対し「柔道をするために日本国籍を得た」とインタビューした。それが返って韓国のマスコミの批判・バッシングを受ける羽目となってしまった。

よく「彼の打撃の技術は高くなった」「もはや打撃系ファイターだ」などの解説が挟まれるが、実施威力に関してはともかく技術面は決して高いとは言えないとの見方もある。また、格闘家転向後の対戦選手には本来立ち技主体の選手や、プロ転向して間もない選手なども多く含まれている。

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2006年8月5日より開催されるヒーローズ 総合格闘技85kg級トーナメントにより、本格的な総合格闘技選手との対戦により彼の実力の全貌が明るみになることが期待されたが、一回戦は相変わらず総合デビュー戦の選手(金泰泳)との対戦であった。この試合で腕ひしぎ十字固めにより勝利を収めた。

2006年10月9日に開催されたヒーローズ 総合格闘技85kg級決勝トーナメント準決勝でケスタティス・スミルノヴァス、決勝ではメルヴィン・マヌーフをともにKOで下し、ヒーローズ 総合格闘技85kg級王座に就いた。

ちなみに、みのもんたと仲が良く、5月の試合では勝利した後みのをリングに上げ抱擁した。 なお、総合格闘技 プライドで同じような贔屓的発言を行った小池栄子(タレント)は、DSEより視聴者側からの批判殺到等の理由から厳重注意を受けている。


みのもんた、秋山を激励



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人食いマヌーフ!

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総合格闘技 ヒーローズ メルヴィン・マヌーフ(Melvin Manhoef、1976年5月11日 - )は、オランダ出身の格闘技家。身長177cm、体重90kg。ムエタイをバックボーンとするバーリトゥードのファイター。キックボクシングの試合にも多く出場している。ニックネームは「人食いマヌーフ」。以前は名前をメルヴィン・マンフーフと表記していることもあった。

人間離れした強靭な肉体と、「俺は殴りあいを愛している」と公言するその獰猛な精神で、対戦相手をめった殴りにするアンチェイン・ファイター。


総合格闘技 ヒーローズ、マヌーフ
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その獰猛極まりないファイトスタイルで、イギリスの総合格闘技イベント『CAGERAZE(ケイジレイジ)』で「カニバル(人食い)」のニックネームと共にその存在を強烈に位置づけている。なかでもエヴァンゲリスタ・サイボーグとの戦いは有名。

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人食いマヌーフVS冷血改造人間エヴァンゲリスタ・サイボーグの試合動画


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総合格闘技 ヒーローズ 所 英男

持ち前の格闘技センスとアグレッシブファイトで、リングス「KoKリミテッド」など数々のアマチュア大会で優勝を重ね、その後リングス、パンクラス、コンテンダーズ、タイタンファイト等、プロのリングで活躍。

ところ3

旗揚げ大会から出場しているZSTでは、業界関係者や格闘技マニアが絶賛する戦いっぷりを見せ続け、“今一番面白い試合をする男”、更には“名勝負製造機”と呼ばれる。

2005年7月に出場した総合格闘技 ヒーローズ では“修斗の絶対王者”A.F.ノゲイラから劇的な勝利をあげ、一躍ひーろーさんに。
しかし、ここ一番の試合で、あっさりと期待を裏切ったりするのもこの男の特徴である。

身長/体重 170cm/65kg(フェザー級)

生年月日 1977/08/22

出身地:岐阜県揖斐郡

実家:クリーニング屋(三男坊)

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総合格闘技 プライド、ジョシュ・バーネット!

格闘技 選手ジョシュ・バーネット(Josh Barnett、1977年11月10日 - )は、アメリカ、ワシントン州シアトルの出身、AMCパンクレイション所属のレスラー。本名はジョシュア・ローレンス・バーネット(Joshua Lawrence Barnett)。基本スタイルはレスリング、柔道、ムエタイ。

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日本のオタク文化に詳しく、好きなキャラクターは北斗の拳のケンシロウ。それだけでなく、機動戦士ガンダム・キン肉マン・マクロス等の有名どころは勿論、一般人では到底知らないアニメや特撮までもその範疇としており、「好きではないけど一応知っている」というオタク特有の性質までも併せ持っている。2002年8月28日に行われた大会 Dynamite! で、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと対戦した格闘技 選手ボブ・サップのセコンドに付き、試合に勝って喜ぶノゲイラに対し「オマエハ スデニ シンデイル」と日本語で挑戦状とも取れる発言をしたのは、一部の格闘技ファンの間で有名(ただ、世間では格闘技 選手サップの暴れっぷりのほうがクローズアップされたため、認知度は低かった)。

得意な日本語は「メッチャスゴイ」「コロシテヤル」「オレニサワルトアブナイゼ」等。日本に立ち寄るときは秋葉原にフィギュアなどを買い求めに赴く事が多いという。世界最強のオタクと呼ばれる所以でもある。

K-1デビュー戦では格闘技 選手ボブ・サップに指導した経験から、「野獣の調教師」と紹介されていた。

新日本プロレスに所属していたが、数々のトラブル(川田利明の参戦によるG-1出場取りやめ等)などで新日に対し苦言を呈している。 UWF系の大ファンで、前田日明の名を度々口に出したり、UWFインターについての論文をネット上に公表した他、やはりU系派生団体の一つであるパンクラス無差別級王者となった際には「UWFハシナナイ」と発言したほど。なお、四天王プロレスやノアのファンでもあり、プロレス・格闘技への造詣は相当のレベルであることが伺える。

最近では元K-1王者の格闘技 選手マーク・ハントや格闘技 選手ヒョードルの弟である総合格闘技 プライド エメリヤーエンコ・アレキサンダーといった強豪を撃破し、「強いプロレスラー」として評価されている。しかし、彼を「プロレスラー」と呼ぶことに対して疑問の声もある。「世界最強のプロレスマニア」と呼ぶ者もいる。

身長:191cm、体重:117kg。

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総合格闘技 プライド、五味隆典!

格闘技 選手五味隆典(ごみ たかのり、1978年9月22日 - )神奈川県愛甲郡愛川町出身の総合格闘家。身長173cm、体重72.9s。木口道場レスリング教室所属。

現在、総合格闘技 プライド 70kg級で世界最強との評価を得ている選手。日本人総合格闘家パウンド・フォー・パウンド最強との呼び声も高い。

ごみ

KO、一本での勝利(本人曰く『スカ勝ち』)にこだわるアグレッシブな試合が持ち味。レスリング仕込みのグラウンド技術、プロボクサー並みのボクシング技術、組んでからも強力なひざ蹴りと、すべてにおいて高い実力を持つトータルファイター。

現在総合格闘技 プライド 武士道・ライト級(〜73kg)を主戦場にしている。

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総合格闘技 プライド、ダン・ヘンダーソン!

格闘技 選手ダン・ヘンダーソン(Dan Henderson、1970年8月24日 - )は、アメリカカリフォルニア出身の総合格闘家。チームクエスト所属。ニックネームは「ハリウッド」、日本では「ダンヘン」とも。 1998年UFCライトヘビー級チャンピオン、1999年リングスKOKトーナメント初代チャンピオン。

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グレコローマンのレスリング選手として2度のオリンピック出場という確かな実績を持つが、実生活では電気代が払えないほど貧窮し、賞金稼ぎのために総合格闘技との二束の草鞋を履く(その後、総合格闘技に専念)。盟友ランディ・クートゥア同様、パンチ、膝蹴りが強烈で、KOの山を築いている。

現在は総合格闘技 プライド のリングを主戦場としている。93kg以下のミドル級の強豪選手で、シウバをKO寸前まで追い詰めたこともあったが、『総合格闘技 プライド ミドル級GP 2005』一回戦で格闘技 選手アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラに一本負けを喫した後は83kg以下のウェルター級に転向。

長南亮を秒殺KO、続いて行われた準決勝でも郷野聡寛をKOでやぶり、ウェルター級GP決勝に進出、2005年大晦日の総合格闘技 プライド 男祭り・頂においてムリーロ・ブスタマンチを判定で下し、見事優勝した。

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総合格闘技 プライド、桜庭 和志!

桜庭 和志(さくらば かずし、男性、1969年7月14日 - )は、秋田県南秋田郡昭和町(現・潟上市)出身の総合格闘家。秋田市立秋田商業高等学校卒業、中央大学商学部中退。高田道場所属だったが、2006年3月31日に退団。フリーに転進した。8年2ヶ月の所属期間であった。

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グレイシー・ハンターの異名があるほか、サクと呼ばれることが多い。レスリングがリングスタイル。3児の父。血液型はO型。

最近パンチドランカーの症状が見られ、ファンが心配している。

総合格闘技 プライド 2のヴァーノン・タイガー・ホワイト戦でPRIDEデビュー。

以降は総合格闘技 プライド を主戦場とし、1999年から2000年まで、PRIDE8からPRIDE12にかけてのグレイシー狩りは、日本国内のみならず格闘技の盛んな国の多数のファンに衝撃を与え、「グレイシー・ハンター」の異名を取った。華麗なファイトスタイルでファンを魅了し、総合格闘技 プライド 中興の祖として高く評価される。

膝に慢性的な故障を抱え、出場が不安定な時期もあったが、最近は膝の状態も自他共に認めるほどに回復してきているようだ。

実力的に第一線からはやや遠ざかった感もあるが、格闘技 選手シウバ、アローナ、ホジェリオといったミドル級のタイトルに絡んでくるほどの選手が相手の場合はともかく、新人・中堅・ベテランレベルが相手の場合は、まだまだ強さを見せつけている。

UWFインターナショナル時代の先輩田村潔司に、総合格闘技 プライド リングでの真剣勝負を何度か申し込んでいるが、すべて拒否されている。

無名の外人と対戦し、精彩を欠いた勝利に終わった格闘技 選手田村に対し、リングサイドから「こんな試合じゃつまらないでしょう。田村さん、僕と勝負してください」とマイクアピールをしたこともあったが、田村は無言でうつむいたままリングから去っていった。


飛行機嫌いだが、ブラジルにあるシュートボクセ・アカデミーに出稽古のため渡航している。格闘技 選手ケン・シャムロックをシュートボクセ仕込みの打撃でKOした際は、アカデミー会長のフジマールと抱きあって共に勝利を喜んでいる。


「ミドル級(-93kg)」は格闘技 選手桜庭の適正体重に比べて重すぎるので「ウェルター級(-83kg)」に転向すればいいのではないのか、というファンや関係者からの声は多い。だが本人は「ミドル級より軽い階級には興味はない」と語っており興味を示していない。



2006年5月3日のHERO'Sにおいて、タイガーマスクを被りリングに登場。翌日に会見し、正式にHERO'Sへの参戦を表明した。 なお、HERO'Sへの移籍表明の後に高田延彦から「彼とはもう酒も食事もする事は無い。」と事実上の絶縁状を叩きつけられた。高田は激怒した理由として、移籍そのものが原因ではなく、移籍表明後に挨拶に現れた桜庭について「筋が通っていない」からだと説明している。

2006年8月5日に行われたケスタティス・スミルノヴァス戦において顎を打ち抜かれ半失神状態にまで追い込まれたが、ガス欠を起こしたケスタティスに執念の打撃を浴びせた後、腕ひしぎ十字固めで勝利した。

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総合格闘技 プライド、吉田 秀彦!

格闘技 選手吉田 秀彦(よしだ ひでひこ、1969年9月3日 − )は柔道家、格闘家。

愛知県大府市生まれ。 柔道六段。現在吉田道場師範。身長180cm、体重104.0kg。血液型はO型。

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現在はPRIDEを主戦場としている。入場曲は未来(HIDEKI)の「The Secret」。 同じく総合格闘技 プライド に参戦している中村和裕、瀧本誠らは、吉田道場に所属する吉田の弟子である。

格闘家生活と平行して、「ビバ!柔道」というスポーツイベントを日本各地で開き、柔道の普及の為に精力的に活動している。

格闘技 選手ヴァンダレイ・シウバと対戦した際、2カ月で13キロの減量をし、減量期間中に後輩を引き連れて焼き肉を食べに行ったが、後輩らが牛肉を食べている横でビールも飲まず、一人、鶏肉を食べていたらしい。

総合格闘技 プライド でも日本人が苦戦するなか、藤田和之や小川直也とともに吉田は総合格闘技 プライド ヴァンダレイ・シウバなどの強豪ともいい勝負を繰り広げている。

2006年に行われたプライドヘビー級グランプリでは、格闘技 選手ミルコ・クロコップに生涯初のTKO負けを喫した。

Gacktと交友があり以前試合で勝利した際にプライベートで観戦しに来ていたGacktに「Gackt!!勝ったぞ」と喜びの言葉を投げかけるシーンがあった。

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総合格闘技 プライド、ヒカルド・アローナ!

格闘技 選手
ヒカルド・アローナ(Ricardo Arona、1978年7月17日 - )は、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ ニテロイ 出身の総合格闘家。ブラジリアン・トップチーム所属。身長180cm、体重92kg。フルネームはヒカルド・ホセ・アローナ・デ・アルメイダ(Ricardo Jose Arona de Almeida)。

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アブダビコンバット二階級二年連続優勝の肩書をもつ天才柔術家。ブラジリアン柔術を基本のスタイルとするが、空手柔道の経験も持ち、「弾丸タックル」との異名を持つ高速タックルと、アブダビコンバットで二度の優勝をもたらしたサブミッションを武器とする。寝技出身ながらスタンド打撃にも非凡なものを持っている。


また、虎好きであることでも有名であり、虎にに対して畏敬の念をもち、自身の右半身に精巧で美しい虎のタトゥーを彫りこんでいる。インタビューで「自分の身体には虎が宿っている」「虎の心理に近づきたい」と語っており、「ザ・ブラジリアン・タイガー」の異名を持つ。また、端正なルックスから「柔術王子」とのあだ名がある。

当時5歳の時から空手を始め、一年で緑帯を獲得する。13歳の時、アラルアマへ引っ越すと共に空手を辞めるが、アラルアマの自然の中でトレーニングを行い、さらに柔道の道場に入門する。

その後再び戻ったニテロイで柔術対ルタ・リーブリの試合を観戦したことにより柔術家を志すようになる。1997年にカーウソン・グレイシー・アカデミーに入門。その後ブラジルの紫帯、茶帯の世界王者となりカーウソン・チームの代表として注目され始める。


2000年、アブダビコンバット(以下ADCCと表記)のトライアルに出場。格闘技 選手アマウリ・ビデッチを倒しトライアルを優勝、続くADCCブラジル予選でも優勝し、ADCC2000本戦の出場権を手にする。

さらにその本戦で格闘技 選手ティト・オーティズやジェフ・モンソンといったグラップリングの実力派を次々と撃破し、ADCC2000の93k級と無差別級で見事優勝し、同大会のMVPに輝き、天才児として一躍有名になる。そして翌年のADCC2001でも再び優勝を飾り、ADCC二連覇を達成する。

ADCCでの快進撃によって、日本の格闘技イベントリングスからオファーをうけ、2000年4月20日に初参戦。あの格闘技 選手
エメリヤーエンコ・ヒョードルとも対戦、延長の末判定負けを喫したものの、互角以上に渡り合っている。2001年のリングスミドル級トーナメントでは優勝し、リングスミドル級王者となる。


現在は日本の総合格闘技イベント総合格闘技 プライド に参戦。2001年9月24日のPRIDE.16にて初参戦しガイ・メッツァーを判定で破ると、続く総合格闘技 プライド .20ではダン・ヘンダーソンに、PRIDE.23ではムリーロ・ニンジャに勝利し、その実力を知らしめた。


その功績もあって『総合格闘技 プライド ミドル級GP2003』の出場が決定、ヴァンダレイ・シウバ、クイントン・"ランペイジ"・ジャクソンと並ぶ優勝候補といわれるも、試合前の負傷により欠場を余儀なくされる。その後彼の代役として出場したムリーロ・ブスタマンチを倒したクイントン・"ランペイジ"・ジャクソンと『PRIDE GP2004 2nd ROUND』で激突するも、パワーボムで叩きつけられた際の不運なアクシデントによりKO負けを喫してしまう。


このように総合格闘技 プライド のリングではなかなか運に恵まれず、本来の力を出せずにいたが、2005年4月23日の『総合格闘技 プライド GRANDPRIX 2005 開幕戦 』にてディーン・リスターに完勝すると、『総合格闘技 プライド GRANDPRIX 2005 2ndROUND 』では桜庭和志にグラウンドで顔面に20発以上の膝蹴りを見舞い、圧勝する。
この戦いで桜庭の顔面が変形し、血まみれになるなど衝撃的な敗北を喫したことにより、アローナはヒールなキャラクターとして一躍有名になる。


総合格闘技 プライド GRANDPRIX 2005 決勝戦 』の準決勝では『PRIDEミドル級絶対王者』の異名をとり、自身にも因縁のあったヴァンダレイ・シウバにほとんど何もさせず完勝。

総合格闘技 プライド ミドル級の選手として初めてシウバに黒星をつけた。試合前ヒクソン・グレイシーがGPの優勝候補にあげたこともあってか、このまま優勝をつかむのでは、と期待されたが、決勝でシウバの弟分であるマウリシオ・ショーグンにKO負けし、王者の夢は打ち砕かれた。


その後、『総合格闘技 プライド 男祭り 2005 頂-ITADAKI-』で『PRIDEミドル級タイトル』をかけてヴァンダレイ・シウバと再戦するが、微妙な判定で敗れる。アローナはこの判定結果に対して不満を口にしており、その後、総合格闘技 プライド のリングには上がっていない。しかし、復活が期待される選手である。


2006年9月10日の『総合格闘技 プライド 無差別級GP2006 決勝戦 』 において実に9ヶ月ぶりにPRIDE復帰。アリスター・オーフレイムをローキックや鉄槌で押しまくり、1R4分28秒でタップを奪う。

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総合格闘技 プライド、ケビン・ランデルマン!

格闘技 選手ケビン・ランデルマン(Kevin Randleman、1971年8月10日 - )は、アメリカオハイオ州出身の総合格闘技家、プロレスラー。ニックネームは『リアル・ドンキーコング』。総合格闘技家としてのバックボーンはアマチュアレスリング。血液型はA型。

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格闘技 選手マーク・コールマンを師に持つ。オハイオ州立大学在学中にフリースタイルレスリングのアメリカ選手権で優勝という実績を持つ。

レスリングで培ったテクニックと人間離れした身体能力を武器に、99年に第5代UFCヘビー級チャンピオンに輝く。

総合格闘技 プライド 参戦後3連勝し、ミドル級のベルトへと着実に進んでいったが、『PRIDE.25』でクイントン・ランペイジ・ジャクソンに敗北。

さらに『総合格闘技 プライド GP 2003決勝戦』でのワンマッチでの桜庭和志戦でも腕ひしぎで敗北を喫してしまう。

しかし翌年の『総合格闘技 プライド GP2004』一回戦で、優勝候補筆頭の格闘技 選手ミルコ・クロコップとの対戦が決定。誰もが彼を噛ませ犬と思ったが、なんと格闘技 選手ミルコに1R失神KO勝ち。GPに大波乱を巻き起こし、一気に台風の目となる。ちなみに彼はK-1で活躍する格闘技 選手マイケル・マクドナルドをいかつくしたような容姿である。

また、偶然にもその格闘技 選手マイケル・マクドナルドはミルコK-1時代に対戦して敗れた数少ない選手の一人である。

続く二回戦では、総合格闘技 プライド ヘビー級王者のエメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦。格闘技 選手ヒョードルをスープレックスで頭からマットに叩きつけ、またも観衆の度肝を抜いた。しかしその直後、うまく受身をとったヒョードルにアームロックで敗れる。

その後格闘技 選手ミルコにもリベンジされ、現在黒星が続いている。 弾丸の様なタックルでテイクダウンを奪ったは良いが、その後の展開に乏しいという弱点がある。

総合格闘技と並行して、プロレス活動も行っている。プロレスラーとしての評価は非常に高く、美しいフォームのダイビングエルボーを何度か披露しており「こちらの方が向いているのではないか」という声も少なくない。目標とするプロレスラーはジミー・スヌーカ。

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総合格闘技 プライド、クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン!

格闘技 選手クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン(Quinton Rampage Jackson、1978年6月20日 - )はアメリカ合衆国テネシー州出身の総合格闘家。総合格闘技戦績29戦23勝6敗。総合格闘技 プライド EGP2003準優勝。

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総合格闘技 プライド ミドル級のトップファイター。”ランペイジ”のニックネームの通りのファイトスタイルはまさに凶暴そのもの。

圧倒的なパワーで相手を完膚なきまでに叩き潰す。スタンドでのボクシングテクニックやグラウンドでの攻防も一流だが、中でも必殺技の“パワーボム”は超強烈で、総合格闘技 プライド で投げ技が通用するということを証明してみせた。 ヘビー級の体格の格闘技 選手イゴール・ボブチャンチンや佐竹雅昭をも軽々と持ち上げ、マットに叩きつける。すさまじい怪力を誇る。

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総合格闘技 プライド、イゴール・ボブチャンチン!

格闘技 選手イゴール・ボブチャンチン(Igor Vovchanchyn、1973年8月6日 - )はウクライナゾロチフ出身の総合格闘家で現在もハリコフ市に在住。

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独特の軌道を描いて放たれる強烈なパンチ、ロシアン・フックを武器に、敵を次々と薙ぎ倒していく姿から「北の最終兵器」というニックネームがついた。桜庭和志をして「気が狂いそうになるほど痛い」と言わしめたロシアン・フックで築いたKO勝ちから、彼は総合格闘技 プライド の名物的存在となった。『PRIDE GP 2000』では数々の強豪を退け、準優勝に輝いている。

総合格闘技 プライド ではヘビー級(体重無制限)の選手として活躍していたが、次第にヘビーの壁にぶちあたり気味になり、ミドル級(93kg以下)に転向。総合格闘技デビュー当時は90kgであったこともあり、見事に減量に成功し、かつての大きな腹が腹筋の割れた腹に変わってスマートになり、総合格闘技 プライド ミドル級の強豪選手として復活を遂げた。近年はビジネスに忙殺される一方、周囲に適当なスパーリング・パートナー、コーチがいないため、戦績も低下気味である。

なお、正確な発音に近い表記は「イーゴリ・ヴォフチャンチン」。



母国で車を運転中、あまりの怪力のためにハンドルをもぎ取ってしまった。

専属の通訳(通称:オバチャンチン)は変な日本語を話すことで名物キャラクターとなっている

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総合格闘技 プライド、マウリシオ・ショーグン!

プライド格闘技 選手マウリシオ・ショーグン(Mauricio Shogun、本名マウリシオ・フア(Mauricio Rua)、1981年11月25日 - )は、ブラジル・パラナ州出身の総合格闘家総合格闘技戦績 13戦12勝1敗11(T)KO

シュートボクセ・アカデミー所属で、プライド格闘技 選手ヴァンダレイ・シウバや実兄のムリーロ・ニンジャらと同門である。 その驚異的なタフネスぶりで、休むことなく攻め続ける怪物。 シウバのそれに勝るとも劣らない強烈な、倒れた相手の顔面を踏みつける必殺技を持ち、 “踏みつけ大将軍”の異名を持つ。

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因みに格闘技 選手弟はショーリン。日本の雑誌のインタビューを受けるまで、将軍が忍者より上位であることを知らなかった。

ブラジルの総合格闘技大会のメッカ・ワールド・ヴァーリトゥードで活躍し、2003年9月のIFCライトヘビー級トーナメントでは準優勝。

マニアの間では早くから注目されていたが、2003年10月5日のPRIDE武士道で、先に日本で活躍していた兄に続いて総合格闘技 プライド デビュー。ベテランの小路晃との対戦だった。ベテラン小路の寝技に引き込まれそうなシーンもあったものの、最後は得意の打撃で押し込み見事TKO勝利。 その後日本人4連戦を全勝し、プライド格闘技 選手シウバの如く「日本人キラー」ぶりを発揮。

そして満を持して総合格闘技 プライド GP 2005に出場。いきなり前GP準優勝の格闘技 選手強豪クイントン・“ランペイジ”・ジャクソンと対戦するも、強烈な膝で完膚なきまでに叩き潰す。

続く、総合格闘技 プライド GP 2005 2ndROUNDでは、優勝候補に推す声も多かった格闘技 選手アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラを死闘の末に撃破。ホジェリオの長い脚で得意の踏みつけはつぶされたが、強烈なスタンドのパンチでダウンを奪い、判定で勝利を手にした。

8月の決勝戦では、準決勝で格闘技 選手アリスター・オーフレイムとの新鋭対決を制し、決勝では兄弟子シウバを破った格闘技 選手ヒカルド・アローナを踏みつけて意識が飛んだところにパウンドを打ち込み、わずか1R2分53秒でのKO勝利。

弱冠23歳で、強豪ひしめくPRIDEミドル級GPを制した。

この格闘技 選手ヒカルド・アローナ戦では、オモプラッタを仕掛けたことが評価され、ブラジリアン柔術の黒帯を授与されている。

2006年2月27日に行われた総合格闘技 プライド .31では、格闘技 選手マーク・コールマンと対戦するが、タックルの受身を取りそこね、肘を脱臼し49秒で敗れた。

2006年9月10日に行われた総合格闘技 プライド 無差別級GPのワンマッチで半年振りに復帰。ザ・スネークを相手に得意の踏み付けで勝利。復帰戦を飾る。総合格闘技 プライド 初の海外開催(2006年10月21日 PRIDE32"THE REAL DEAL")では格闘技 選手ケビン・ランデルマンとの対戦が決まっている。

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総合格闘技 プライド、ミルコ・クロ・コップ!

格闘技 選手ミルコ・クロ・コップ(Mirko CroCop 、本名:ミルコ・フィリポビッチ Mirko Filipović、1974年9月10日-)は、クロアチアの元警察官で、著名な格闘家。クロアチア国会議員(2003年- )。身長188cm、体重102.0kg。

15歳の頃よりテコンドーを始めたが一度は内戦の激化により断念。その後17歳から空手、19歳でキックボクシングに転向。リングネームのクロコップとは、英語で「クロアチア人の警官」という意味である。

日本においては、当初K-1で活躍した。1999年に「K-1 WORLD GP '99」で準優勝を果たしたものの、最後まで自身が直接優勝をすることはなかった(2002年、前年のK-1GP王者<格闘技 選手マーク・ハントと対戦し、判定勝ちしたことから、以降K-1は制したと語っている)。

2003年に格闘技 選手ボブ・サップにKO勝利した後に総合格闘技 プライド へと転向している。総合格闘技の試合では立ち技主体で勝負し、派手なKO勝ちを繰り返す。

格闘技 選手エメリヤーエンコ・ヒョードル、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと並んでヘビー級三強と呼ばれている。

総合格闘技に転向した直後は、に総合格闘技 プライド
参戦するプロレスラーを次々と撃破した事から「プロレスラーハンター」と呼ばれていた。

現在は自分のチームであるチーム・クロコップを作り、所属している。他の所属選手はファブリシオ・ヴェウドゥムなど。

夫人はサッカーのワールドカップ、フランス大会で得点王に輝いたサッカークロアチア代表、ダヴォール・シューケル選手のいとこである。

長い手足を生かした打撃が得意。格闘技 選手ミルコの左ハイ・キックは相手の視界の死角から足が急に現れる軌道のためかわされにくく、まさに一撃必殺の破壊力を持つ。このため日本のファンの中ではその殺傷能力から「妖刀」と称され、高い人気を得ている。 また、多くの打撃系格闘家が苦手としている組み技に対するディフェンスにも定評がある。

格闘技 選手ミルコのファイトスタイルはボクシングを元にテコンドーやキックボクシングをオリジナルアレンジした物である。試合中放つ打撃の数は他に類を見ないほど少なく、ジャブは殆ど打たずに、利き手利き足での打撃に終始する。

右腕はラッシュをかける時以外は、ディフェンスや距離を稼ぐ時に伸ばす程度しか使用しない。絶対の自信を持つ左ハイキックや、ミドルキックを放つまでに、その他を保々布石程度に使用する彼独自の戦法である。その分一発ごとの威力は驚異的であり、KO勝利した際はほぼ1Rで試合を終わらせている。

2006年9月10日、総合格闘技 プライド 無差別級GP・決勝ROUNDにて、準決勝でミドル級絶対王者、格闘技 選手ヴァンダレイ・シウバを必殺の左ハイで1RKO。決勝戦で三度目の対戦となった格闘技 選手ジョシュ・バーネットを三度返り討ち(1RKO)。自身の32歳の誕生日に初のタイトルを獲得したミルコは思わず涙を流した。


日本でのキャッチコピーは“ターミネーター”。その後総合格闘技 プライド では「完全征服の帝王」「超人」など。入場曲はDURAN DURANの「WILD BOYS」。


K-1にはブランコ・シカティックの一番弟子として1996年に来日。デビュー戦の相手はジェロム・レ・バンナで判定勝ち。当初は「ミルコ・タイガー」というリングネームだった。タイガーはシカティックの持つ道場名「チャクリキ・タイガージム」に因んでいる。


K-1時代は、「タイホスル(逮捕する)」が口癖だった。
警察官時代はテロ対策特殊部隊に所属していてその傍らアマチュアボクシングで活躍していた。(クロアチア警察の格闘技教官も担当)。
クロアチアでは国民的な人気を誇っていて、テレビゲームや映画の主役になっている。
愛国家としても知られ、2003年よりクロアチアの国会議員としても活動している。
2004年、クロアチアのサッカーチーム「チバリア・ヴィンコヴチ」へ入団。FWとして公式デビュー。


食事に関しては独特の哲学を持っており、生野菜は食べない。これをテレビ番組(生放送)で発言したところ、国会議員という立場からか、猛抗議を受けた。しかし、野菜スープを食べている姿がDVDに収録されている。

また、ステーキは脂身を全て落としたエクストラウェルダン、スパゲティはミートソースでなければ食べないというこだわりぶりである。

好物はフルーツで、試合前にフルーツを食べるのが習慣となっている。
トランプが好き。よくやるのが「ベラ」というクロアチアのゲーム。

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総合格闘技 プライド、マーク・ハント!

格闘技 選手マーク・ハント(Mark Hunt、1974年3月23日 - )は、ニュージーランド出身のプロフェッショナルファイターである。身長178cm。体重127kg。

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K-1オセアニア地区予選を2000年、2001年と2連覇し、2000年2月のK-1オセアニア地区予選でのデビューから、僅か2年足らずで、K-1 WORLD GP 2001を制し、欧州以外、また地区予選から勝ち上がった最初のGP優勝者となった。その驚異的なタフネスぶりと積極果敢なファイトスタイルから、「サモアの怪人」という異名を持つ。

なお、彼のタフネスぶりは敗者復活をかけたK-1福岡大会(2001年10月8日)で顕著に示されており、特にレイ・セフォーとの対戦で見せたノーガードからの殴り合いは観客の度肝を抜き、格闘技 選手ハントの存在がK-1の中で強く印象付けられる結果になった。

2000年にK-1オセアニア予選で初登場。その予選に優勝し、続いて、名古屋でのグランプリ予選に出場。準々決勝で格闘技 選手ジェロム・レ・バンナと対戦、判定で敗れる。

2001年、6月のメルボルン大会に出場。準々決勝で格闘技 選手天田ヒロミをKOで下すも、準決勝で格闘技 選手アーネスト・ホーストからスリップ気味のダウンを奪ったが(試合後、ダウンではなかったと裁定)惜しくも判定負けし、グランプリ出場の道は閉ざされた。しかし、福岡で行われる敗者復活戦にミルコ・クロコップの代替出場を果たし、再びグランプリ出場の道が開けた。

ところが、格闘技 選手レイ・セフォーに判定負けで再び道が閉ざされかけたが、勝利した格闘技 選手レイ・セフォーが負傷のため、ハントが決勝進出の権利を手にする。そして、アダム・ワットにTKO勝利して東京ドームの決勝大会への切符を手に入れた。

東京ドームの決勝大会で、格闘技 選手ジェロム・レ・バンナをKOで破ると、そのまま勢いに乗り、ステファン・レコ、フランシスコ・フィリォを判定で破り、K-1 WORLD GP 2001を制し、シンデレラ・ボーイと称される。

しかし、2002年以降は低迷が続き、K-1のリングでダウンの経験がゼロだったが、2002年初戦の静岡大会で、勝利こそしたものの、中迫剛に生涯初のダウンを奪われてしまう。

その後、名古屋大会で格闘技 選手ミルコ・クロコップに判定負け、パリ大会でジェロム・レ・バンナにTKO負けと連敗が続くが、開幕戦でマイク・ベルナルドに延長1R判定勝ち。その後東京ドームの決勝トーナメントでは準々決勝では格闘技 選手ステファン・レコにKO勝ちするも、準決勝ではジェロム・レ・バンナに判定負け。

グランプリ連覇とまではいかなかった。 翌年2003年にはラスベガス大会で、格闘技 選手ゲーリー・グッドリッジと対戦。豪腕対決と期待が寄せられたが、特に見せ場のないまま判定勝利で試合は終わった。

2004年はK-1から総合格闘技 プライド のリングに闘いの場を移す。初参戦となった吉田秀彦戦では敗れた。2004年12月31日には、当初欠場が決まっていた『PRIDE男祭り2004-SADAME-』に桜庭和志の怪我による代役として急遽出場し、ヴァンダレイ・シウバに3R判定の末勝利した。総合格闘技 プライド のリング上で初めてシウバに黒星をつけたことで有名。

さらに、2005年12月31日の『総合格闘技 プライド 男祭り2005-ITADAKI-』では、1年ぶりの出場という試合間隔の長さをものともせず、ミルコ・クロコップに白星をあげ、K-1時代のリベンジを果たすことに成功した。

2006年2月26日,総合格闘技 プライド 31では、西島洋介を危なげなくKOで下す。

PRIDEで新たに開催されることとなった無差別級トーナメント出場が決まり、2006年5月5日の『総合格闘技 プライド 無差別級グランプリ2006 開幕戦』では高阪剛と対戦しKO勝利を収め、ベスト8に進出した。

2006年7月1日の「総合格闘技 プライド 無差別級グランプリ2006 2ndROUND」ではジョシュ・バーネットと対戦、1R2分2秒、羽根折固めで一本負け。スタンドでは無類の強さを誇る反面、グランドではまだまだ発展途上であるところを露呈した。

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